日本仏教思想史
「仏教」と日本人の精神文化
皆さん。こんにちは。宗教史特殊講義2を担当する、宗教学科の岡田正彦です。
この授業は宗教学科の2~4年次生を対象にした専門科目です。これまで学んできた世界の宗教に関する基礎知識やインドで生まれ、アジア全域に広がった仏教の歴史を踏まえて、日本における「仏教」の歴史とその思想について詳しく学びます。全学開放科目ですので、他学部・他学科の人たちも受講できます。
シラバスに掲げたこの講義の概要は、次のようなものです。
6世紀の日本に伝来した仏教は,既存の文化や社会の枠組みと融合しながら,日本の人々の暮らしと歴史に大きな影響を及ぼすとともに,日本的な「宗教性」の発露ともいうべき,ユニークな仏教思想を展開してきた。
この授業では,日本仏教の思想的展開をたどり,その歴史を学ぶことによって,現代の日本社会にも共通する課題について考えていきたい。また,日本人の生活のなかに溶け込んでいる,身近な「仏教」の制度や習慣などについても広く紹介していきたい
古代の日本に受容された仏教思想は、その後の日本の精神史や文化史・社会史、ときには政治史とも深く関わりながら、日本人の精神文化に大きな影響を及ぼしていきます。限られた時間でその全体像を学ぶことは、決して容易なことではありませんが、この講義では仏教伝来から律令的国家仏教の時代を経て、中国経由で次々と導入される新しい仏教思想と結びつきながら、日本の歴史が紡がれてきた経緯を概観していきます。
しかし、古代以来の極めて強固な仏教と日本の政治体制の結びつきは、戦国時代に一度灰燼に帰し、織田信長、豊臣秀吉の時代を経た徳川幕藩体制の確立によって、大きく転換していくことになりました。
半期の授業では、たぶん最後の方はかなり端折るかたちになると思いますが、次のような【授業計画】をたてています。
2.仏教伝来と聖徳太子
3.律令的国家仏教の時代①
4.律令的国家仏教の時代②
5.最澄と空海①
6.最澄と空海②
7.最澄と空海③
8.鎌倉仏教の成立と展開①
9.鎌倉仏教の成立と展開②
10.鎌倉仏教の成立と展開③
11.武家政権の成立と禅仏教の展開
12.禅と日本文化
13.戦国大名の宗教政策と仏教
14.仏教と日本思想/日本思想としての仏教
6世紀の日本に伝来した仏教は、まったく新しい思想や社会制度、文化や技術などどともに日本にもたらされ、律令制を導入した古代日本の国家の枠組みを形成する土台になります。
この意味では、古代の日本にもたらされた「仏教」は現在の言葉で意味する「宗教」とはかなり異質なものであり、むしろ新しい「文明」と呼ぶべきものかも知れません。少なくとも、優れた僧侶が布教して各地で信者を獲得し、次第に日本に仏教が広がっていった、というようなイメージで「仏教伝来」を捉えることはできません。
古代日本の形成基盤となる、この新しい文明としての「仏教」は、長い時間をかけて日本人の生活や習慣に浸透していきます。現在の日本に見られるような先祖祭祀を中心にした、人々の生活と密着した仏教のあり方が確立するのは江戸時代になります。
この授業では、古代の社会を形成する新しい文明として日本に伝来した仏教が、人々の生活に密着した宗教文化として日本の地に定着するまでの過程を学んで行きます。イメージとしては、かき氷の上からかけた苺シロップが、だんだん底の方まで浸透して、全体が赤くなるまでの経過を見ていくようなイメージでしょうか。
仏教伝来とインドの仏教
日本に仏教が伝来するのは6世紀ですが、春学期の宗教史特殊講義1で学んだように、仏教の開祖とされる釈迦(釈尊・釈迦牟尼)が真理を掴んで「仏陀(ブッダ/buddha)」になったのは、紀元前5~7世紀くらいと考えられています。生没年に定説がないのは、文字に記録を残す文化のなかったインドでは、釈迦の生涯を歴史的に確定できる史料が残されなかったからです。
仏陀は「真理に目覚めた人/真理を悟った人」という意味であり、釈迦族のゴータマ・シッダールタが「仏陀」となり、真理/法を伝えたことから仏教ははじまります。仏陀の伝えた法を真理であると信じる人々は、サンガ(僧伽/共同体)を形成し、修行に勤しみ、僧院を築き、教えをさまざまなかたちで伝えていきます。ある時期からは、仏陀の彫像を作って礼拝する信仰のかたちも生まれました。
仏陀自身が自らの悟った真理を書き残すことはなく、その教えは「対機説法」と呼ばれる説法の相手に合わせたかたちで説かれたために、仏教の教えは際限なく多様な解釈を生みだしていきます。また、「仏陀=真理に目覚めた存在」をめぐって多彩な議論(仏身論)が展開し、釈迦以外の仏陀の存在が想定されるようになり、さらに仏教の教説は複雑化・多様化していきました。
インドにおける仏教思想の展開を時代順に整理すると次のようになるでしょう。
春学期の授業と重なりますので、ここでは詳しい説明は省きます。ただし、1,000年以上にわたってインドの人々に信仰されていた仏教は、12~13世紀以降はイスラーム帝国の成立やインドの土着の民間信仰との融合によって姿を消し、ほとんど消滅してしまいます。インドは仏教の発祥の地ですが、インドは仏教国ではないのです。
1,000年以上に及ぶインド仏教の歴史のなかで、中国に仏教が伝わるのは釈迦の時代から500~600年くらい経過した後のことであり、日本に仏教が伝来するのはさらに数百年が経過した後のことです。とくに日本に本格的に仏教思想が紹介されるのは、インドでは釈迦の入滅(死去)から500~600年くらいたって、インド全土に広がった仏教の改革運動(大乗仏教)を経たあとのことになります。
日本に伝わった仏教は初期の仏教思想ではなく大乗仏教以降の思想であり、日本的な仏教思想が本格的に開花する時期には、すでにインドの仏教は衰退期に入っていました。
中国仏教と日本への伝来
険しい西域の陸路(シルクロード)を越えて、中国に仏教が伝えられるのは釈尊の入滅後500年ほど経った紀元前後のことです。ちなみに、ここで「紀元」としている西暦紀元はイエス・キリストの誕生年を起点としますので、ちょうどキリスト教がはじまった時期です。
仏教思想が本格的に紹介されるようになると、さまざまな仏典の翻訳がはじまります。
中央アジアから渡来した人々によって仏典が中国語に翻訳された「古訳」の時代から、鳩摩羅什[344―413]のような人々によって、インドの仏典が中国語に翻訳される「旧訳(くやく)」の時代を経て、玄奘[602~664]が西域を経てインド(天竺)へ渡り、膨大な経巻を中国へ請来しました。そして、本格的な中国語訳を進めます。インドの原典から中国語への翻訳が進んだこの時代は「新訳」の時代とよばれ、これ以降仏教は中国全土に広がります。また、多くの仏典が中国語に翻訳されると、インドの原典にはあまり目が向けられなくなりました。
日本に仏教が伝来するのは、旧訳から新訳への転換期であり、インドで広がった大乗仏教以降の新しい仏教思想が中国語に本格的に翻訳され、それらを広く中国文化に組み込んだ中国仏教が、日本には仏教思想として紹介されることになるのです。
日本に伝来した仏教が中国経由で伝えられた大乗仏教であったことは、日本の仏教思想の展開において重要な意味を持っています。また、インドや中国における仏教の発展と衰退の歴史は、日本の仏教思想の歴史とも直接的・間接的に大きくかかわっています。大まかな時代区分だけでも、イメージできるようにしてください。
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この授業にテキストはありません。基本的な参考文献だけを紹介しておきます。
[参考文献]
・末木文美士『日本仏教史』(新潮文庫)
・家永三郎他監修『日本仏教史Ⅰ―Ⅲ』(法蔵館)
*その他の参考文献いついては、その都度指示する。
また、全体的な時代の流れをまとめたプリントを毎年配布しています。参考にしてください。
大まかな授業の流れはつかめたでしょうか。それでは、次回はまず日本への仏教の伝来からはじめることにしましょう。
◎授業計画に変更がある場合は、キャンパス・スクエアの掲示板や学内メールで連絡します。大学ホームページ等の情報は、こまめに確認するようにしてください。
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